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趣味のこと、幸せのこと

ヤマギシで生まれた発達障害者が幸せについて本気だして考えてみた、というほどでもなく趣味についてやあれやこれや気ままに書くブログ

【映画】レッドタートル 答えのない問いの中に生きる【感想】

先日映画『レッドタートル ある島の物語』を見に行きました。

ジブリ映画ですが監督は外国の人(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット)で、フランスで主に制作された映画です。

先に観た母がイライラして途中で映画館から出ようと思った、こんなこと今までで初めてだ、と言うのを聞いて観るのを躊躇したけど、予告にすごく惹かれたので思い切って観に行きました。結果私はとてもよかったです。観終わった後何ともいえない余韻に包まれました。

 

あらすじ

嵐の海に投げ出された一人の男がある無人島に流れ着く。筏を作り脱出を試みるが、何度試みても不思議な力で筏が壊されてしまう。

三度目に筏の下で大きな赤い海ガメ(レッドタートル)と出会い…

 

 

youtu.be

※ここからネタバレまくりです。

 

 

 

この映画は「普通の」映画と同じ見方をしたら確かに面白くないかもしれません。

まずセリフが一切ない(叫び声や呼び声とかはある)

そしていわゆる起承転結、ストーリーらしいストーリーがない。

そして人によって一番おかしいと感じるのはなぜ?に明確な「答え」や「説明」がなく、作中で意味付けがなされないことかもしれません。

 

ざっと列挙していくと

なぜ男は嵐の海の中にいたのか?

その前はどこでどんな暮らしをしていたのか?どんな人なのか?

その島はどこ、あるいは何なのか?

なぜ男は島から出られないのか?

なぜレッドタートルが人間になったのか?彼女は何者なのか?

なぜ突然津波がやってきたのか?

なぜ息子は島から出て行くことができたのか?あの後どうなったのか?

なぜ女の人はレッドタートルに戻ったのか?

 

こんな感じでしょうか。

そもそも起承転結がないのは、この映画では物語が一人の男の人生になっているからです。

無人島に流れ着き、脱出を試みるが叶わず、レッドタートルと出会い、人間の女性となったレッドタートルとの間に子どもができ、成長し、子どもは島を出ていき、自分はその島で年老い死んでいく。

ほぼこれだけです。普通の映画と同じように観ようとすると「わけがわからない」あるいは「何が言いたいのか?」と感じるかもしれません。

でも私は観ていて思いました。この男の人生と私の人生は根本的には何も変わらないのではないか、と。

無人島だった島で家族三人で生きていくという特殊な状況とはいえ、生きるために日々を過ごし、生きれるところまで生きて、そして死んでいく。ただ純粋に生がある。

純粋に命とは何か?なぜ生きるのか?生きる意味とは何か?と問うと、それにはっきりと「答え」を出すことはできないのではないでしょうか。

この映画では無数のなぜ?にはっきりと答えが示されていないのは、生きることそのものが答えを得られない問いの中にあるからだと思うのです。

それでも人は問わずにいられない、問うからこそこういう作品として結実する、芸術とはいのちへの問いそのものだー!この映画は芸術だー!ハアハア。落ち着こう。

そういう映画としてみると、津波がなんの前触れも理由もなく描かれるのも、人生において何の前触れも理由もなく起こることが山ほどあって、それでも生きていくしかないということを表しているといえます。

成長した息子だけが島を出ていくことができたのも、息子にはパートナーが島にいない以上外に出て行って探すしかないからなのではないかと解釈しました。子どもは親から離れ自立していく定めなら、いつまでも一緒の島にい続けるのは難しいということかもしれません。

私はそういう視点で観ていって、最後に男を看取った女性が再びレッドタートルになり海に消えていくのを観た時、切ないのか悲しいのか、はたまた苦しいのか、言葉で表せないような気持ちで胸いっぱいになりました。感動と一言で言いたくないような不思議な気持ち。

でも、嫌な気持ちでもなくて、本当にこの気持ちはなんだろう?映画を観て(あるいは本やドラマとかも含めて)こんな気持ちになったのは初めてでした。

それはやはりこの映画が純粋に「生きる」ということそのものに切り込んでいるからなんだろうな、と思います。

とにかく男が息を引き取り、レッドタートルがゆっくりゆっくり海に向かう描写が何とも言えなくて、このシーンは生きることと死ぬことについて本質的な何かが描かれていると言っていいんではなかろうか、と思いました。ああ、これは言葉でうまく伝えられなくてもどかしい。

人によってこの映画の面白さが全然違うのも「生きる」ということの捉え方が人によって全然違うからだろうな、と思います。特に小さいお子さんはつまらなく感じるかもしれません。大人の映画なのさ、ふっ、なんちゃって。

私も5歳で「木を植える男」のアニメを観たときは意味わからなくてまったく面白くなかったわー。

でも無人島に流れ着いてから次々と出来事が起こるからハラハラして、私は全然退屈しなかったけどな~。母にとって何があかんかったのだろう?

 

そして何より絵が芸術的すぎて画面を夢中になって観ていたから、私は絵だけでも一見の価値あり、と思いました。海や自然が本当に美しい。

葉っぱの一つ一つ、動物たち、影の動き等も完璧なんですよ!あとカニがかわいい。カニはこの映画の癒しですな。

最近また絵を描きはじめて、花一つきちんと描くのにすごく時間がかかる身としてはあれだけの映画を作り上げるのって相当だと思います。感服です。

監督の熱意はものすごいものがあると思います、これの制作に8年かかったというの納得です。

自分の生きた証としてこういう作品を残すのっていい人生だと思うなー。

 

人間の絵も目が点で表されているから表情が分かりにくいんだけど、動作や叫び声などで感情が伝わってくるのがすごい。息子が島を出ていくのを決意したときとか、男が息を引き取ったところとか、台詞一切なくても伝わってきました。

ていうか無人島で独りぼっち、て絶望しかないから、表情が乏しい絵でまだマシだった。そうじゃなかったら怖くてとても観ていられなかったかも。

男がバイオリンを弾く人の幻を観るあたりきつかったです。幻と最初は気づかなくて、必死で呼びかけたらかき消えてしまう、辛い…

多分レッドタートルが現れなかったら男は孤独で発狂していたと思うから、マジ女神ですよ。結局レッドタートルは何者で、なぜ男のもとにやってきたのでしょうね。

私は絶望でおかしくなった男がレッドタートルを人間だと思い込んで、幻を死ぬまで観ていたと解釈もできる、と思ったけれどそれじゃ救われなさ過ぎるから、やはりレッドタートルがその男の人を救ってくれたことでいいや。

レッドタートルは全然ヒットしてないみたいだけど、もっと多くの人に観てほしいなあ。万人受けしないのはわかるけどね…。私は好きだーーーーー

【漫画】シュトヘル【感想】

それは私が新卒で入社した会社でヘロヘロになっていた時でした。

職場の休み時間に入った本屋でとある漫画の1巻が立ち読みできるようにしてありました。その場で一気に1巻を読み終えた私は即2巻を買って帰りました。それが今回紹介する『シュトヘル』という漫画との出会いでした。

『シュトヘル』は今私が最も続きを楽しみにしている漫画の一つでして、そのストーリーと魅力について熱く語っていこうと思います。

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あらすじ

13世紀初頭、チンギスハン(テムジン)率いるモンゴルが勢いを増し、他国を飲み込みつつある時代。史上最強とうたわれたモンゴル軍から「悪霊(シュトヘル)」と恐れられた女賊がいた。

一方モンゴル側に属するツォグ族の皇子・ユルールは敵側である西夏の文字に魅せられ、モンゴルによって焼き尽くされんとする西夏文字を救うことを決意する。

その二人の出会った先に待つ運命とは…

 

ご紹介のようにこの漫画の主役はなんといっても「文字」です。日本の漫画はあらゆるジャンルの作品がありますけどここまで文字がフューチャーされている作品ってあるんでしょうかね?

文字が軸になっているためストーリーに芯が通ってぶれることがありません。歴史を基にした重厚なストーリーはめっちゃ私好みです。歴史の教科書で西夏文字を見たの覚えてたよ、懐かしい。

モンゴルとか西夏の歴史を知らなくても作中に説明がたくさん出てくるし問題なく楽しめると思います。

須藤という現代日本の少年もストーリーに絡んでくるんですが、こういう設定にする必要あったか?現代と絡めず当時の話だけでよいのでは?と最初は思いました。

でも読んでいくと彼を絡ませることによってユルールの夢が世迷いごとではない、実現する未来だ、という説得力につながるので逆によかったんじゃないかと今は思います。

作者の伊藤悠さんは『皇国の守護者』という原作つきの漫画で作画を担当していてその画力は折り紙つきですが、シュトヘルを読むと話を作る能力も相当高いように感じます。

人生経験たくさん積んだ方なのかな、台詞に重みがあります。

文字とは何か?人は何のために文字を使うのか?読んでいくうちに考えさせられ、ぐっと胸に迫ってきます。

 

ここがスゴい①画力

この漫画のすごいところは何と言っても伊藤悠さんの画く絵です。

絵がうまいと言ってもうまさにはいろいろあると思いますが、伊藤悠さんのすごいところは老若男女デブだろうがハゲだろうが美人だろうが不美人だろうがあらゆる人をあらゆる角度から描くことができることでしょう。

骨格や筋肉の付き方などある程度わかって描いているんだろうなあ。どれだけ絵を描いてきたのか、私とは比べ物にならないと思いますね。

あと動物もめちゃくちゃうまいです。ユルールと行動を共にするヤラルトゥという大鷲がいるんですが、鷲の羽って難しいですよね?なんであそこまでちゃんと描けるんだ?ってくらいリアルです。登場回数多いのに信じられないです。

モンゴルあたりにいる牛のゴワゴワした毛並みと馬の毛並みを描き分けていたときには鳥肌立ちました。ペン先を変えているのでしょうか、あのゴワっとした毛の感じを漫画であそこまで伝えられるのはすご過ぎです。感服です。

この絵だからこそストーリーが生きてくるというか、絵と話のベストマッチです。

 

ここがスゴい②名言・名場面

シュトヘルは絵だけでなく話もすごいんです。話が面白いというだけでなくどの巻にも必ず名言・名場面があるんじゃないか、ってくらい名言・名場面のオンパレードです。

どれが一番とか選べないですが、ここでは3つほど紹介します。

 

「何処にあっても、おのれの、生(なま)の台詞を吐け」

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これは7巻で金国の将軍がユルールに向かって言う台詞です。

私の思う生の台詞というのはその人の生身の言葉、本心、ということだと思います。

生きていく上では生の台詞だけを吐くのは本当に難しい。

欲しくないものを貰ってもありがとう嬉しいと言ったり、心では悪口を言っている相手におべっかを使ったり。心とは裏腹の台詞のなんと多いことか。

でもユルールはいつも揺るぎなく生の台詞を言う。だからこそその台詞は人の心に届くんだと思います。

ブログって人に見せるものだから、どう思われるか?とか気にしだすと思ってもいない上辺だけ綺麗な言葉を書き連ねて、素敵だと思いました!的な「良いこと」しか書けなくなってしまいそうです。

でも、自分の書きたいことを書きたいように書きたくてブログを始めたので、その辺ユルールに見習って「このブログでは自分の生の言葉を書く」ことをモットーにやっていく所存です。

そのうえで伝わりやすいようにとか、できるだけ楽しんで読んでもらえるような工夫はしたいですけど。

 

「目前でかなう夢だから、見ると思うか」

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これは10巻のユルールの台詞です。

私の夢はですね、「地球上のすべての人が安心して幸せに暮らせるようになること」なんですよ。

あ、今笑った人は前に出なさい。このユルールの台詞を100回読んで聞かせます。

ユルールが夢見るのは誰もが文字を持つことで人々が助けあうことができるようになり、争いで無用に死ぬことがなくなる世界です。

当時の世界では夢物語としか思えないことですが、今の日本ではおおよそ実現していますよね。まだ完璧とは言えなくても。

ユルールも須藤から日本の話を聞いて「夢のような話だ」と言っています。

途方もなくても、目前にはとてもかないそうになくても、夢見ることを諦めない誰かがいるからこそ何かを実現することができるんじゃないでしょうか。

そして9月に発売された13巻読むと「死ぬ前に一歩でも二歩でも進まなくては、おれたちの文字には未来も来ないんだ」という台詞が!

夢見るだけでは未来は来ない、実現するためには一歩でも前に進まないと、うーんやっぱりこの漫画はすごい。

 

「いつも生が死の先を走る。死に方は生き方を汚せない」

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これは11巻のシュトヘルの台詞です。

「甲斐ある死は恐れるものではない」というモンゴルの武人に対するシュトヘルの言葉なのですが、無残に死んだらその人の生きた年月は無残なのか?というとそうではないですよね。

寄生獣とかなんでも人がたくさん死ぬ漫画ってありますけど、その人の生きざまを描かれることもなくあっさり死んでいったり無残に殺される人たちを見ると、その人自身がそういう人(あっさり死ぬような、価値のない人)に見えてしまうことがあるんですよね。

こんな風に無残に死んでいくような人生はみじめだ、みたいな(漫画を描いている人がそう思っているかは知りませんが)

でも、はたしてそうなのか?というとどの人も「食って寝てそこにいた」し、「どう死のうが生が先」なわけです。

仲間をすべて無残に殺されてその亡骸が腐っていくところを見たシュトヘルが言うからこその重みのある台詞です。

自分がどう死ぬかはわからない。人からはみじめだ、無残だと言われるような死に方をするかもしれないけど、死に方で生き方が決まるわけではないのだ、と思うと勇気が出ますね。

どう死ぬかはわからないからこそ、生きている間はせいいっぱい生きたいものです。

 

長々と語りましたが、シュトヘル本当にお勧めの漫画です。

現在13巻まで発売されていて、物語もいよいよ大詰めな感じです。

どのように完結するのか目が離せません。

 

今期アニメの感想

私は物心ついたときからアニメが好きでしたが、大学生の頃から本格的にアニメオタク化し、今でも週に4~5本程度は観ております。

今期のアニメもほぼ終わりとなりましたし、ここらで振り返ってみようと思います。

ちなみにうちではBS受信できませんし、ネットも引いてないので全てをチェックはしておりませんが、観れるものは1話目はチェックするようにしています。

あと基本深夜アニメばっかりなので朝アニメ、夕方アニメはよくわからないです…

 

全力ウサギ

一番の掘り出し物となったアニメ。かわいいウサギたちが全力で生きるガテン系アニメ。

日曜朝にやっているので途中まで気付かず10話以上見逃したのが悔やまれる。

とにかくほっこりするし、基本「いい話」が多いので安心して観てられる。

キャラもみんなかわいい!大好き!とくにミナライのかわいさは異常。

もう最終回なのが悲しい。ずっとやって欲しかったよー。

 

Re:ゼロから始める異世界生活

いかにもラノベっぽいタイトル、絵柄、異世界という設定で「はいはい、ラノベラノベ」とスルーしていたが、偶然観たら正座で食い入るように観てしまった。

剣や魔法、そして美少女の出てくる異世界物は書き尽くされてる感があるが、ここまで主人公のカッコ悪いところ、醜い一面を描くラノベってあるんだろうか?

作者は心理学を勉強したか、己の暗黒面に逃げずに向き合ってきた人だと思う。よくぞここまで描いた、と感服しました。

ダメな自分をいかに認めて、成長するか、というのがとてもよく描かれている気がする。

自分の手足折るほどボコボコにしてきた相手に「俺はお前がだいっ嫌いだ」「俺の恥がお前の強さを知っているからだ」的な台詞を言える、そしてその人と一緒に戦える人ってなかなかいなそうだけど、それを言える人ってのは真に強い人だと思いますよ。

最初は見ていて痛々しかった主人公がすごくかっこよくなって、最終回は感動的でした。

ていうか最終回のあのシーン、もののけ姫だよね?オマージュだよね?

 

ベルセルク

説明不要な有名原作のアニメ化。

原作は鷹の団のあたりまで読んだことあるけど、ちょうどその後のエピソードからアニメは始まっているみたい。

映像がゲームみたいに独特で、スローモーション多様するところは好き嫌いが分かれそうな感じ。

私は嫌いじゃないけど、物語が進むのが遅く感じる。

そして観た後だいたい気分が沈んでしまう。だって残酷すぎるじゃない。

自分の中の恐怖や不安が目を覚ましてちょっと辛い。でも最終回はその恐怖や不安に打ち克つ力をもらえるような終わりでよかった。あれで終わりってえらい中途半端だけど。

あ、使われている平沢進さんの曲は神!世界観にハマってる~

 

サーヴァンプ

吸血鬼のイブという設定といい、絵といい思春期の特定の層の人に刺さりそうなアニメ(厨二ともいう)

私はむしろ思春期の頃の自分を思い出すせいか観ていてこっ恥ずかしいというか、かゆっってなっちゃう。

でも話の続きが気になるし、OPがむっちゃかっこいいので視聴継続した。こめられてるテーマも結構深い気がした。

 

斉木楠雄のψ難

ジャンプ漫画が原作のサイキックギャグ。主人公が超能力者でいろいろとスゴい。

ジャンプ漫画最近ほとんど読んでないので、これも読んだことなかったけど普通に面白い、毎回観ながら爆笑している。

「どこがだ。」とか斉木楠雄のツッコミがよい味出してる。

 

境界のRINNE

高橋留美子さん原作のアニメの第二シーズン。半分死神な主人公りんねと霊が見える女の子桜のラブコメ、みたいな?

私高橋留美子さんは「らんま」とか「犬夜叉」とか好きなんだけど、これはちょっとテイストが違うというか、話やギャグにキレが無いように感じる…

そしてヒロインの桜が表情に乏しいせいか感情移入しづらい。

でも当たり障りなく、というかものすごくつまらないわけでもないので毎週観ております。

第三シーズンも来年春放送決まったみたいだし、それもなんとなく観続けるんだろうなあ。

 

アクティヴレイド 機動強襲室第八係2nd

近未来で警察物って結構あるけど、絵も綺麗で話もしっかりして、キャラクターも立っている良作アニメだった。

一期目がほかのアニメとかぶっていてほとんど観れなかったのでわかりにくい部分もあったけど、特に問題は感じない。

ていうか録画の消化がまだ終わってないのでなんとも言えない。

 

うわー、改めてみると思ったよりアニメ観てますね。これ以外にもねこねこ日本史、ひつじのショーン、日本の昔ばなしなども毎週観ているから、もうアニメにどれだけ時間費やしってんだ、て感じですね。ていうなかなか録画消化できないでいます。

はんだくん、チア男子、スカーレッドライダーゼクス、ねじ巻き精霊戦記、91Daysなども悪くはなかったんだけど、さすがに全部を観ることはできない、ということで録画してまでは観ませんでした。

とくに「はんだくん」はね、「ばらかもん」がめちゃくちゃ好きだから期待してしまったけど、キャラが被っているとはいえまったく別物でしたね…というか「なる」がいない。

※「はんだくん」は「ばらかもん」の主人公が高校生の時のアニメ

「ばらかもん」は本当にいいアニメでした。都会の生活や仕事に疲れている大人は特に心に沁みると思います。田舎+子ども=最強、という図式が見事に成立しておりました。

まあ「ばらかもん」のことはこれくらいにして、またこれから新しいアニメが始まるし、楽しみです。

新しいアニメも感想とか書いていこうと思います。

期待しているのはクラシカロイドとユーリ!!!on Iceです。特にスポーツではフィギュアスケートを一番熱心に観ているのでガチフィギュアオタが作ったっぽいユーリはほんとに楽しみです。

カルト村で生まれました。

自己紹介も兼ねてと、ヤマギシで生まれ育ったからには取り上げないわけにはいかないな、というわけで最初に紹介する本はこちら、高田かやさんの『カルト村で生まれました。』です。

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『カルト村で生まれました。』ではヤマギシとは明言してませんが、とあるカルト村で生まれ育った人の漫画です。ヤマギシ生まれの私からしてもこのカルト村はまずヤマギシのことで間違いないと思います。

ていうかヤマギシって知ってます?若い人で幸福会ヤマギシを知っている人は少ない気もするので少し説明すると、山岸巳代蔵という人が唱えた思想に共鳴した人が集まって農業を基盤に共同生活しているところ、みたいな感じでしょうか。

全人幸福とか無所有一体というのを理想として幸福な社会を作ろうとして活動していたのかな。私は中学の時に出たのでよくわかりません。

子どもへの虐待などでかなりバッシングされたようですし、オウム真理教とか創価学会みたいなカルトや新興宗教(いわゆる怪しい団体)扱いのところなんでしょうね。

私からしたら理想社会を作ろうとしているけれど教祖や教典(聖書みたいなの)はないし、いわゆる神様がいてそれに祈るというのもなかったので宗教とは少し違う気がしますけど、外から見たら似たり寄ったりな怪しさではあるかもしれないですね。

 

それでこの『カルト村で生まれました。』の良いところは、批判をするでもなく、美化するでもなくヤマギシですごした子ども時代を振り返っているところです。

辛いこともあるけど楽しかったことも書いてある。要はドキュメンタリーという感じでしょうか。ヤマギシを知らない人からしたらへー、ヤマギシってこんな感じなのかな、って自分の知らない世界を覗けて面白いと思います。

私としてはめっちゃ「あるある」ネタですよ。学園生あるある。あ、ヤマギシでは子どもたちは学園というところに集められて共同生活をしていたのです。

だいたい20~100人くらいの規模で少数の大人が「世話係」としてつきます。

親とは離れて暮らし、1ケ月に1回(高田さんの時代は2カ月に1回くらいのようです)しか会うことができません。そういう中で過ごした子ども時代を回想している漫画です。

ヤマギシ関連の本はほかにも出ているけれど批判本とか内容が偏っていたり、作者の主張が強くてで読み物として面白いかは疑問ですが、これは絵柄も可愛らしいし、漫画だし読みやすいんじゃないでしょうか。

でも絵柄がほのぼのとしてるから作者の高田かやさんがどれだけ辛い思いをしていたか伝わりにくいけど、ほんと虐待でしょこれ、ってこと書いてありますね。全人幸福はどこいった、自分たちのところにいる子どもの方が幸福と言い難い状況とちゃいますか、とツッコミたい。

私は高田かやさんより下の世代で、されたことは平手打ちや廊下に立たされたくらいなので随分ましなんだと思います。

ていうか大人より子ども同士の方が大変でしたよ。私は学園生時代にいじめとか暴力とか体験してそのあとの人格形成に多大に影響及ぼしましたもん。『カルト村で生まれました』はそういうところ書いてなくて、子ども同士は仲良かったのかな?

ヤマギシは全国にたくさんあったからいつどこにいたかで、個人個人体験は違うしヤマギシへの思いも人それぞれです。

ただ心に深い傷を負った子はたくさんいるだろうし、今も精神的な病に苦しんでいたりする話はよく聞きます。

ヤマギシの大人たちは誰も子どもを苦しめてやろう、とか虐待しようと思ってしていたのではなく本当に幸せに育つよう考えていたと思うし、それぞれの状況のなか精一杯やっていたのでしょう。

できればどうしてこうなったか、間違いはどこにあったか、きちんと検証した方が後世へのためになると思うんですが、そういうことやっているという話は聞きませんね。

すべてを無かったことにしてシラっと暮らしてるんじゃねえよ、と思う時があります(おっと、口が悪くなってしまいました)

 

けれどですね、この本を読んだ方、読む方にこれだけは言いたい。

やっぱり理想社会とか言ってるやつらってアブナイな、理想を追ったって所詮叶いっこないし今のままで普通に暮らしていけたらいいや、って思いましたよね?え?思っていない?

私は両親が本気で理想社会の実現に燃えてヤマギシに飛び込み、真剣にやってきたと聞いているし、ほかの大人たちも多かれ少なかれそうだったんだと思うのです。

何か間違いはあった、でも理想の社会を夢見ること自体を馬鹿にしないで欲しい。蔑まないで欲しい。

だって神様に「あなたが一番望む世界を選んでください」って言われたとしたら本当に今の世界(社会)を選びますか?って話ですよ。

自殺者3万人、自殺未遂者は53万人と言われていて実際はもっと多いんでしょう?うつ病の人や精神を病んでいる人がどれだけいるんですか?いじめや虐待や差別が無くならないのは何かが根本的に間違っているからなのではないですか?

私もヤマギシを出た後は「普通」の社会で「普通」に生きようと必死になりました。でも表面的に普通に合わせていてもずっとしんどかったです。

だってこの社会では普通から落伍した人にすごく冷たい感じがしたから。落っこちるわけにはいかない綱渡りをしているような気持ちで生きていました。

私は社会に不適合なのか?この世界で生きていくのに値しないのか?

いや!間違っているのは世界の方だ!革命だ!

なんて冗談ですけど、普通だろうが普通じゃなかろうが誰もが幸せに暮らせる社会ってそう悪いものでもないと思うんですけどね。そもそも普通ってなんだって話だし。

今さらヤマギシに戻ろうとは思わないけど、いわゆる普通の生き方を頑張って目指そうとはもう思いません。

「正社員で働いて適齢になったら結婚して子どもを育てマイホームを持つ、定年退職したあとは年金暮らし」

という普通が揺らいできているからか、普通じゃない生き方も依然より受け入れられやすい感じがしますし。

作者の高田かやさんは今はヤマギシを出て結婚して普通に?暮らしているようですね。

ちなみに、高田かやさんのお父さんと私は顔見知りっぽいです。いやー、ヤマギシでの人間関係って案外狭い、というかどこでどう繋がっているかわからないものですね。

初めまして

初めましてこんにちは。

私はヤマギシで生まれ育ちました。ヤマギシ(幸福会ヤマギシ)というのはいわゆるカルトと言われているところです。詳しくはググってね。

最近になって軽度の発達障害の診断を受けました。発達障害というのは発達に障害があることです。詳しくはry

そんな私がどんなふうに育ってきたかざっとご紹介します。

 

 

ヤマギシというカルト村で生まれる(スタート地点でずっこける)

 

5歳で親元を離れ子どもたちの集団の中で過ごすも、行く先々でイジメにあい、人間不信に染まっていく(集団生活で育ったのに対人関係不得意に)

 

中学生でヤマギシを出て、一般社会で暮らすようになる

しかし親子、とくに母親との関係悪化、あまりにも育ったところと価値観が違うせいか学校にもなじめず(対人関係不得意をどんどんこじらせる)

 

高校ではなんとか友人はできるも高3の時に友達とクラスが分かれると、自分は独りの方が楽だ、これからは独りで生きて行くぜ!と開き直る(ぼっち化、完全にコミュ障に)

 

それでも何とか大学まで進学、卒業後就職し、一人暮らしをする(もちろん大学や就職先でも対人関係不得意、基本ぼっち)

 

疲れ果てて2年で退職、両親のいる鈴鹿に移り、アズワンコミュニティ鈴鹿に出会う(人生の転換期)

 

母と同居することで今までの問題が噴出、精神ガタガタのままブラジルへ行き半年滞在するもうつ状態になり帰国(メンヘラ化)

 

親元で療養、両親や周りの人のサポートもあり回復に向かう(ヒキこもりニート時代)

 

転職を繰り返しながらも自分の人生を見つめなおし中、そして最近発達障害と診断される

 

 

見事な社会不適合者っぷりに笑えますね。うつっぽいときには通院していないので病院で診断されたのは発達障害のみですが、うつ、アダルトチルドレン、供依存、愛着障害、人格障害、…ありとあらゆる精神的な病に当てはまっていたと思います。そういうのって大体複合するしね。

今はだいぶ回復しております。むしろパラダイムシフトが起きて最近悩みとかあまりないです。苦しみよさらば!健康ばんざい!

そして私は思ったのです。

 

「私が社会に不適合なのではない、社会が私に不適合なのではないか」

 

と。

こんな私だから発信できる何かがある、という熱い思いもあったりなかったり、ここでは趣味の漫画やアニメのことやメンタルのこと、自分の創作物や自分語りなど好きに書き散らす予定です。

普通に生きることが苦しいと感じている人、幸せに生きようともがいている人に何か幸せのヒントになることを書けたらなー、とも思っています。

どうぞよろしくお願いします。